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ルキ(Lukih)

Author:ルキ(Lukih)
診断書貰って見たら「傷病名:統合失調症」だった…もう、7年も通院してます。人生終った…と思うこともありますがなんとか生活を立て直したいんです。


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夫の遺品

まとめて読めるように、リンクを貼っておきます。別窓で開きます。

1 夫の死について 「予兆」

2 夫の死について 「救急搬送」

3 夫の死について 「失踪」

4 夫の死について 「発見」

5 夫の死について 「火葬と葬儀」

6 夫の死について 「死後の手続き」 

7 夫の死について 「散骨」

8 夫の死について 「会社からの説明」

9 夫の死について 「財布の中身」 



革製のゴルフバッグ(何度手入れしてもカビるし、金具の劣化破損が酷い)と、スーツを処分したよ。

ゴルフバッグのポケットには、大量のゴルフマーカーが入っていて、それを整理するのにも時間がかかった。

ほんとにすごい量なので、ダブっているものは捨てて、綺麗にして化粧箱に入れた。

割りといいとこでプレイしてたんだなあと、しみじみ……。

半分ぐらいは仕事の付き合いなんだろうけどね。



クラブセットは保管。

自分用のもあるので2セット持ってる。

使わないと思うけど、捨てる勢いがつかなかったのでこれはまた気が向いたら処分を考えよう。


スーツはもういいよね、あの世でもサラリーマンってことはないだろうし。

会社に対して色々思うところもあり、見ると辛いから。


お気に入りの普段着だけ残して、大事にしよう。




と、丸一日取りつかれたように片付けしてたら、翌日から寝込んだ。


3日。

歯の治療後腫れて熱が出たせいもあるんだけど。


健康依存もお休みだった。



不健康なんだからしょうがないじゃん、と割り切って。

犬も調子悪いし、一人と一匹でおとなしく寝ていたよ。



今日は花壇の様子も気になるし、あちこち痛いけどちょっとだけ外に出るね。




遺品の整理してる最中、淡々としてたけど、それなりに消耗する作業なんだと知ったよ。


溢れそうになる思い出を、気力で蓋して閉じ込めてさ。



寂しいなあ。



罪の意識と後悔と、寂しさは凝って、胸につかえるばかりだ。




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最後の遺産相続

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9 夫の死について 「財布の中身」 



夫の死後、四年経ってようやく、最後の遺産相続手続きが終わった。

少額なのと、すべて終わるのが怖いのと、死の現場に近い銀行だったのでずっと行けなかった。

でも、銀行に問い合わせたら、近所でもできるとのこと。

(私が同じ銀行の別支店に口座をもっていたため)


少額なこともあり、書類もそろっていてあっさりと手続きは終わった。


担当の銀行員さんは、金の結婚指輪をした中年男性だった。

全部終わって、「長生きしてくださいね、休みは休んでください」と余計なことを言って帰ってきて少し泣いた。


たぶん夫の魂と、永久に会うことは無い気がする。

私は死んだら、酵素の中に漬けられたイクラみたいになって、やがて弾けて個体としては消えるんじゃないかな。


もう、生まれ変わったりなんか二度としたくない。

いきものに生まれたくない。

向いてない。


もし神というものが存在するなら、さすがに、「あー、わかった、もう終わりな」と言うと思う。

世の中もっと苦しい思いをして、それでも生きるという人もいるだろうけど。


私はどうにもダメっぽいよ。


でも、この世で優しい人達に会えたことは嬉しい。

クズみたいな人もいたけど。



犬を見送ったら、どうしたらいいか全く想像もつかない。

これ以上、誰かを突然見送ることなどできそうもない。



夫が死んでから、友達とも、家族とも、距離を置くようにしていた。

私がうっかり死んでも、「ああ、気の毒に」ぐらいで終わってくれたらなあと思う。


友達と会うことがあっても、そんなにホントの話はしない。

暗くなるし、聞くのも辛いだろうし、心配って、重たい荷物だ。



夫と共通の友達が多いせいもある。

これ以上の重い気持ちを、もう、誰にももってほしくない。


それは他人行儀で、すごく傲慢な考えなんだと思う。

わかっていても、口は動かない。



四年過ぎた。

さすがに、立ち直ったとこを見せないと。


その後は安心して手を放すなり、距離を置くなりできるでしょう?


私の愛情の示し方は間違っているとは思う。

思うけど、今のところ、こうなのだ。




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夫の死について 「財布の中身」

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7 夫の死について 「散骨」

8 夫の死について 「会社からの説明」

9 夫の死について 「財布の中身」 ←この記事です





夫が亡くなった時に持っていた財布には五万円ちょっと入っていた。

失踪した日、仕事復帰用に下ろしたお金がまるまる残っていたのだ。

その頃、私は毎日不思議な幻覚を見ていた。色とりどりの花だ。

私はなんだかわからずただ受け入れていた。

の影響なのか、異常事態で興奮していたのか、何かしなければならないと常に焦っているような日々。

焦りながら動きまわり、電池切れしたように横たわり、眠りは浅く短い。


最初は、夫に花を供えるべきなのかと、毎日のように花屋にいって切り花を買って飾っていた。

それでも幻覚はずっと花を見せ続ける。


夫の財布のお金を使って花を植えよう、唐突にそう思った。

生前、マンションの植栽が全部枯れ果ててみっともないことや、犬といつも行く公園の花壇がミントとセージと雑草とゴミで酷いなあとぼやいていたことを思い出したのだ。


マンションの植栽は次の大規模修繕まではどうにもならないと管理会社に言われ、許可をとって枯れた植栽を全て抜いた。

雑草だらけだった場所をきれいにして、防草シートを貼って白い石を敷き詰めた。

日陰で陰気な建物の裏に、暗くても育つ葉物と蔦を植え込んだ。

丸ハゲになった植栽は、土壌改良をして花の苗を植えた。半分はすぐに撤去できる鉢物、半分は季節の花。

これならいつでも撤去できる。

苗の種類は、なぜか育てやすい季節のものの前で「ここ、これ」と声がした。

夫の声ではない。なんだったのか、全くわからない。



それから、花壇を掘り返した。これも市役所の公園担当に許可をとって始めた。

雑草を抜き、ミントとセージが真ん中で競り合っているのをどうにかこうにか抜いて、両端にそれぞれの生きるエリアを残して、土を篩いにかけた。


道具はかなり本格的なものをホームセンターで購入した。大きなシャベルや鍬、篩、刃の丈夫なハサミ。

畳二畳ぐらいの花壇は思ったより手強い。なぜだか乳児の頭サイズの石や欠けた瓦がザクザク出てきた。

作った人はそもそも花など植える気はなかったのではないか。そんな土の質だった。



ミントは根を深く広く張っていて、ただ耕すだけではまたミントとセージの戦争になるのは間違いない。

仕方なく、45センチほどの深さまで掘って、防草シートを張り、花用に土を全て入れ替えた。

篩いにかけたもとの土は、公園の低いところに撒いた。いつも雨が降ると沼みたいになるエリアが気になっていたのだ。

石や瓦は、大きい物を縁にして、トイレまでの短い通り道を雨でも泥が撥ねないように砂利道にした。


土を入れて、苗を植えて、ゴミを拾い、周りの雑草も抜き、作業は終った。

作業中は何も考えていなかった。作業が終わると横たわる、浅い眠り、また作業、その繰り返しの約一ヶ月。

あの仕事をもういちど最初からやれと言われても絶対に無理だ。

説明がつかない。なんだったのだろう。



植え終わり、咲きそろう頃、花の幻覚は消えた。

夫のお金は道具と土と苗や小石できれいになくなった。

植物は世話をしなければ生きていけない。当然ながらそのために私は少しは外に出なければいけない。

どんなにしんどくても、ヨロヨロ水やりに行く。

マンションの管理組合から、感謝と差し入れの申し出があったが、差し入れは断った。

ただ私がやりたくてやったことだ。


このマンションは飛び降り自殺が十年間で二人。ふたりとも、他所から来て飛び降りた。

もう、ここでそういうことがないように、という願いもあった。


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夫の死について 「会社からの説明」

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夫の散骨が終わって、ようやく会社の人と話をすることになった。

お互い、とても気まずい。

会社からは事業所の一番偉い人と、直属の上司が我が家に来てくれた。

私は、母に来てもらって、二人で応対した。


渡された紙はA4一枚。

今までの経緯を会社側から記したもので、法的に問題のないよう慎重に作成された感じがした。

その紙をほとんどなぞるように説明された。

夫の仕事の失敗は、そんなに重大なものではなく、どうにでもフォローできたこと。実際もうさっさと解決してしまったという。

仕事の携帯に休暇中誰が電話したかは守秘義務があるので教えられないということ。

夫が仕事熱心で、部内でも他部署でも知り合いが多くうまくやっていたこと。


つまり第一の問題は仕事ではないという感じ。

私も確かに、仕事だけが理由だとは思わない。でも、休み中に何度も何度も電話したことは負担になったんじゃないかな。

取引先の人かもしれないけど、それも、教えてはくれない。


夫の会社の私物をどうするか、と訊かれて、手間をかけさせるのは申し訳なかったけれど会社から宅配で送ってもらうことにした。

それから、家にあった会社の資料をすべて渡した。守秘義務守秘義務いうなら、いずれまた返すように言ってくるだろうと思ったのでその場で持って帰ってもらった。


ペラペラの説明書きを、二人が帰ったあともう一度読んで、電話を私が取れば良かったのではないかと自分を責めた。

何度かかってきても、夫は療養中といって会社の他の人に回してしまえばよかった。

それとも、それはほんとに些細な事で、単純に原因不明の意識障害にショックを受けていたのだろうか。

私は夫を追い詰めたりしていなかった? なにがいけなかった? あの言葉? あの行動?


どうして?



A4用紙は死後の手続きに使ったファイルのなかに一応しまっておいた。

数日後、小さなダンボールで夫の私物が届いた。

メモ帳だの、ボールペンだの、ちょっとしたファイル類だの、送ってもらうほどのものでもなかったかもしれない。それから、ビニール傘まで。

部署の人には申し訳ないことをした。

お詫びとお礼に菓子折りを送った気がするが、どんなものだったかまでは覚えていない。

淡々と行動しているのに、朝食べたものを昼に完全に忘れていたり、耳鳴りや幻聴や、風景が二重写しになる幻覚。

人がいる場所にいると、異世界にいきなり放り込まれたような怖さを感じた。

気分を上げるのお陰で動けたのだと思うけれど、いつも手足の先が震えていて、一人でも家の中をうろうろ、あれは副作用だったのだろう。

ひどく疲れるだった。


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夫の死について 「散骨」

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8 夫の死について 「会社からの説明」

9 夫の死について 「財布の中身」 




間がずいぶん空いてしまった。

でも、一番つらい記事は終えたので気持ちは少し落ち着いている。


夫の遺骨をどうしよう、死後の手続きをしながらずっと考えていた。

夫は末っ子なので、実家の墓には入れない。

私が度々行ける距離の墓所はどこもかなりの高額だ。その上、私が死んだあとそこに入れるかどうかもわからない。

そもそも、夫の希望はお気に入りの南の島の海に流すことだった。

海。世界中つながっているから、どこの海でもたぶん問題はないんだろうけれど……と思い、国内の散骨業者を調べてみた。

南の島に私が行って散骨するより高額だ。

それなら……と、飛行機のチケットを購入した。望み通りにしよう、出来る限り。


焼いたままというのはさすがに気が引けるので、骨を粉末状にしてくれる業者に依頼した。

ついでに、趣味の悪い骨壷の処分も頼む。この骨壷処分だけで5000円ぐらいした。捨てるだけなのになかなかの値段だ。


その島では、海辺で火葬して散骨する文化があるのだが、念のためいつもそこでお世話になっている旅行会社の社長さんに確認をとった。

法的には問題ないとのこと。

宿は、夫が好まないが私は好きな設備の整わないユルイ民宿にした。


粉末化した遺骨に、英語で証明書もつけてもらった。見た目がヤバイ薬みたいなので念のため。

骨はジップロック大袋2つ分になった。


友人たちが、四十九日法要の代わりに集まろうと準備してくれたのでその時に報告できるように、私は出発した。

よくそんな体力が残っていたものだと、振り返ると不思議でしょうがない。

ただ、身支度を整えるとかそういうことはまるでできなかったので、部屋から寝起きで出たみたいな格好で空港に辿り着いた。

チェックインの時、事情を話すと、係員の偉い人が出てきて隣の席をブロックし、そこに遺骨の包をどうぞと言ってくれた。


出国ゲートでは当然ながら止められた。

遺骨なんです、調べても大丈夫です。と言うとすぐに包を返してくれた。


南の島に到着した。

数カ月前に来たばかりなのに、今はもう夫が居ないということがここに来て改めてずっしりと胸に堪えた。

宿で唐突に泣いたり、呆然としながらひたすら煙草をふかしたりした。

夜明け前、宿を出て沖まで泳いだ。

水深4メートルぐらいのところで、離岸流に注意しながら夫の遺骨を流した。

珊瑚のピンクや紫の上に、白い帯がさあっとかかって消えていく。

餌だと勘違いした色とりどりの魚がわっと集まって、そして散っていった。

本体が120センチぐらいの小さなサメもぐるぐる回っている。初めてサメを目の前に泳いだ。


陸に上がって、朝日を拝み、ひとまず終ったと思った。


夫の家族には予め了承をとってあった。

義兄はそれが弟の希望だったなら、ルキさんのいいようにして、と言い、他に物言いもつかなかったので実行できた。



帰国して、友人たちが四十九日の集まりをしてくれた。

私はお世話になった礼と、夫の遺骨の話をし、海に行った時思い出して欲しいと挨拶した。

友人たちの思い出話が辛く、ありがたいのに、苦しかった。

「大丈夫?」と聞かれれば、大丈夫と笑うしかない自分の弱さが嫌だった。

全然大丈夫じゃない。思い出は生々しすぎて。


その後、夫のもう一人の兄が奥さんと二人でお線香を上げに来た。

正直、旅行の二の次なんだなあと思うと少し白けた気持ちになった。

でも家族旅行を直前キャンセルはお金もかかるし大変だから、仕方ない。こうして来てくれるだけでも夫は喜ぶだろう。



夫の遺骨はほんの少しだけ、手元に置いてある。小さな容器にいれて、リビングの、テレビが見えるところに。

私が死んだら、一緒に海に流してもらおうと思っている。



そうだ、犬のことも書かなければ。

たった一月で、犬の体重の7分の1が減った。食餌の量も運動も変わっていないので、余程のストレスだったのだろう。

あるいは、夫がちょくちょく夕食のおかずを私に隠れて与えていたのが止んだので痩せたのかも。

夫を最後に見送ったのは犬だ。悲嘆にくれる私を見続けたのも。

まったく、気の毒なことだ。



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