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ルキ(Lukih)

Author:ルキ(Lukih)
診断書貰って見たら「傷病名:統合失調症」だった…もう、7年も通院してます。人生終った…と思うこともありますがなんとか生活を立て直したいんです。


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悪いことばかりじゃ何なので……

両親が私にしてくれたいいこと。

教育を受けさせてくれたこと。

飢えさせなかったこと。

たまに機嫌がいい時は、遊んでくれたこと。




すごく大変だったと思う。

苦労して苦労して、人並みの生活を作り上げたんだろう。

ただただスゴイと思う。

幸せそうじゃなかったことが、心底気の毒だった。
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両親と絶縁してよかった

家族カテゴリしょっぱなからなんてこと言うんだ……。

でも、絶縁して1年と少し、私の心乱されることは激減した。

ああ、ほんとに、合わなかったんだなあとしみじみ感じている。



独立してからは距離を置けてたけど、それでもたまに会うと帰宅して寝込んでた。

それが普通だと思っていた。




父は典型的DV野郎だ。

非常に短気で、暴力的な衝動を抑えることができない。

ちゃぶ台どころかダイニングテーブル倒す勢いの乱暴者。

家族を部下か手下のように感じていて、気に入らないことやミスがあると、相手が泣くまで責め続け、泣けば泣いたで「涙でごまかすな」と怒鳴る。

怒りから暴力までの時間は一瞬で、それでも、直接殴ることはせず、手近にあるものを相手に当たらないように投げつけて破壊。

ガラス窓が壊れたことも一度や二度ではない。

そうして堂々と「俺は家族に暴力など振るったことはない」と言い放つ。

当たらなければ暴力じゃないし、暴言も相手が悪いという理由付きなら何言ってもいいと信じている。



そして、質の悪いことに、外面は良い。

営業職で、喋りも上手い。

騒音に迷惑したご近所さんと祖父母しか、父が暴力振るう人だなんて誰も知らない。



他罰的で、気に入らない人にはわざわざ会いに行って批判するという狂気もある。

相手がおかしな人だったらどうするのだろうか。

いつか刺されると子供の頃は(刺されちゃえよという本音と共に)思っていた。



父は家庭があまり好きじゃないようで、よく浮気していた。

一番本気になった相手とは、私達を捨てて結婚しよう思っていたみたいだ。

母が「慰謝料どころか、養育費も払う気がない」と嘆いていたのを覚えている。

相手の女の人から電話がかかってきたこともあった。

どうぞどうぞ……と内心思っていたけど、生活ができなくなるのが困るなという正直な戸惑いもあった。




成人したころ、私はとうとう我慢ができずキレた父に怒鳴り返し拳で殴り、「頼むから死んでくれ」とまで言った。

以来すこし暴力は治まったような気がするが、基本的性格は変わりはしない。




一方、母は。

夫の不満を私にひたすら愚痴ることでやり過ごして、我慢に我慢を重ねて意地でも離婚しなかった。

が、愛情は複雑で、一緒の墓には入れてくれるなと私に懇願する。


「あんたたち(子供)が居なければ離婚できるのに」

と幼いころから言われて、何度も増水した川に架かる橋や、住んでいた団地の最上階から下を見下ろしては泣いた。

私に死ぬ覚悟があれば、母は妹一人ぐらいならなんとか養って生きていけるのは子供心にもわかっていた。



母は空気が読めないところがあって、父の地雷を自ら踏み抜くようなこともしょっちゅうだった。

……思えばお似合いのカップルなのだ。



母もまた、外面は良く、世間的には「明るくサバサバしたお母さん」という評価で、自分でも自分のことをサバサバしていると言っていたがとんでもない。

だいたい、自称サバサバなんて、陰湿と相場は決まってる。


意地でも離婚せず、ガッツリ金は貯めて、父の定年後離婚を言い渡そうと相談してきた。

そのうえ、その後は私と住みたいって。


子供の頃は母に同情的だった私も、さすがに引いた。

冗談じゃない。


アンタだってろくでなしだ。

その頃、離れて暮らしていたので、電話で淡々と同居はお断りだし、定年で離婚なんて復讐めいたことするのはさすがに卑怯だと伝えた。


私は父を嫌っていると同時に愛している。


離婚するなら、収入があるうちに言い渡してやれば父も再婚のチャンスがあるだろう。

そのぐらいの情けもかけられない?



母は「子供のため」といった。

全部子供のため。

満足いく教育を受けさせるため。

就職や結婚に不利にならないため。

……ありがたいことだけど、頑固すぎて、ため息が出た。





「子供は、母親の不幸を踏み台に幸せになれるいきものじゃないよ」

そう伝えたけど、伝わったかわからない。




二人は結局離婚せず、一緒に暮らしている。

ふたりきりだと、揉めることが多いので、旅行などは私がガイド兼レフェリー役で一緒に何度もでかけた。

小競り合いしながらも、二人は一緒なんだなと思った。



絶縁のきっかけは些細な事だ。

入院前に、一応報告だけしておこうと思って温泉旅行にでかけた。

直接統合失調症だと伝えたことはなかったが、妹経由でうっすらと両親も知っていたと思う。

旅先で雑談中、父の極端な身内贔屓(私達姉妹と母は除く)と、他人の病気への理解のなさに呆れ、ふっと、この人達ともう会うのやめようと憑物が落ちたようになった。

母には「あなたの旦那とどうしても合わないので、もう会うのはやめる。母だけも断る」と告げた。


母は泣いてすがってきたけど、なにも感じなかった。

そうして私一人、帰り支度。



別れ際、落雷のように父は怒鳴った。

「どういうことかわかってるのか?! このドアを出たら、本当に縁が切れるんだぞ!」

「結構。さようなら」

そう言ってホテルの部屋を後にした。




その後たまにスマホに二人から着信があるので、拒否した。

どちらかが死んだら妹が連絡してくるだろう。

葬式とその後の仕切りぐらいは長子なのでやるつもりはある。

もちろん、絶縁してたなんてことは誰にもわからないよう、久々に会う親戚と微妙に脚色した思い出話もするだろう。


私は、両親に本質的にはとても似ているのだから。

大事な人を脅したりはしないけど。



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